[32]ハーストとモエラキの間 ⇒ ハースト ⇒ ハースト峠 ⇒ オタゴ地方 ⇒ マカロラ ⇒ ワナカ湖
12月28日(日) 快晴
午前1時半から2時半にかけて、どこからともなく忍び込んだ蚊の大群と大戦争。
今寝ている所は蚊の溜まり場らしく、この時はテント内の蚊を全てたたき殺して勝ったのだが……。
午前7時に、また「ブーン」という音で起こされた時には、戦況逆転してテント内は完全に占領され、その余りにも多い蚊の大群に再交戦の気力も失せ、すぐにテントをたたみ荷物をまとめて逃げようと思ったのだが……。
蚊の復讐たるや物凄く、テントを取りに行っては食われ、バッグを取りに行ってはまた食われと、テントの所に行く度に食われるため容易に近付けず、キャンプの始末が出来て出発できたのは1時間後の午前8時。
ニュージーランドの南島は実に寒く、ヤッケを着、手袋をはめての出発だが、「今は夏」が嘘みたいである。
しかし、俺としては朝早いせいか空気が冷たく、スッとして実に気持ちがいい。
走り始めて間もなく、不意に頭上で「ギャーッ」とものすごい声。
振り返るとオウム(インコかも)のようなデッカイ鳥が2羽、高い木から俺を見下ろしている。
丁度、飛んできて木につかまった所だったが、こういう鳥が自然の中で飛ぶのを生まれて初めて見た。
1時間半でハースト(Haast)に着き、ハースト川(Haast River)に沿って走る国道6号線を、今回の旅行で最後のヤマ場と思われるハースト峠(Haast Pass)に向かうべく、心もちハンドルを左へ切る。
「たかが563m」と、いつもの甘い考えでいたのが間違いで、サンダー・クリーク滝(Thunder Creek Falls)を右手に見てゲート・オブ・ハースト(Gates of Haast)まではそれ程でもなかったが、ゲート・オブ・ハーストを過ぎてからのきつさといったらない。
ゲート・オブ・ハーストからハースト峠までの殆どを、自転車を引っ張って歩いた様なものだ。
追い抜いて行った車が少し行った所で待っていて、「乗っていかないか」と言ってくれる時は物凄く嬉しいと同時に、「Thank you. But no.」と断るのが悪い気もする。
しかし、レインガ岬を出て以来、今日まで全て自分の力で自転車を漕ぎ、押したり、引っ張ったりして来たし、これからも自分の力でスチュワート島まで行くつもりのため、この事を説明した上で感謝しつつも「Thank you. But no.」と言い続けてきた。
そして、相手は俺の気持ちを理解してくれ「気を付けて」、「良い旅行を」、「がんばれよ」などと声を掛け、握手して去って行くのだが、俺としては非常に気持ちが良い。
ハースト峠も近いのか勾配も緩やかになり、山には雪、左にはあれだけ大きかったハースト川が信じられないくらいに小さくなって流れ、その澄んだ水の美味さは格別だ。
そして、ハースト峠にやっと着いた。
ハーストから約63kmの距離にかかった時間は7時間45分。
このハースト峠を境にオタゴ(Otago)地方に入ったが、上りはあれだけきつかった国道6号線も、期待した下りは殆ど無いと言ってよく、それよりもハースト峠を境にして、今度は道路が未舗装になってしまう。
しかし、そんな事も しばらくすると忘れさせるかの様に、両サイドには牧場が広がり、羊、牛が草を食んでいる。
ずっと、昨日、一昨日とはまるで対照的な風景が続く。
こういう風景の中を走っていると、自然に気持ちもなごんで来る。
真っ青な空の下、燦々と降り注ぐ太陽の中に広がる牧場で草を食む羊・牛、そして雪を頂いた山々。
日本では味わえない様な、素晴らしい自然の中をただ一人走って行く内に、今度は雪を頂いたマウント・アスパイアリング国立公園(Mount Aspiring National Park)の峰々をブルーの湖水に写すワナカ湖(Lake Wanaka)が現れる。
ワナカ湖を右に見ながら悪路を軽快に走り、湖畔でキャンプを張る。
ハースト峠を越えてオタゴ地方に入ってから40kmほど走ったが、舗装されていたのは4~5km位である。
まだ明るいので、ジャブジャブとワナカ湖の中に入って靴下を洗うが、もう9時半を回っているせいか水の冷たさといったらない。
午後10時。
フォックス氷河でビスケット8枚を食べて以来、実に38時間振りに食べ物を腹に入れる。
途中、マカロラ(Makarora)で店を見つけ買物した時の嬉しさは、ちょっと表現できないくらいで「これで36時間ぶりに飯が食べれる」の一言。
今思えば、峠に向かう道では「和食」しか思い浮かばなかったのが面白く、やはり俺は日本人なんだろう。
本日は、38時間振りに腹に物を詰めて、オ・ヤ・ス・ミ。
※「澄んだ水の美味さは格別だ」について、前日の朝にビスケット8枚を食べて以降、
彼は全く食べておらず水を飲んで空腹を補っていた。
※「38時間振りに食べ物を腹に入れる」に関して、彼は食料を入手してから2時間後
にテントの中で食べる。
※「峠に向かう道では『和食』しか思い浮かばなかった……」について、彼は「学食の
麺類やカレー、キッチンNの焼き飯の大盛り、Iの天婦羅定食が頭の中を駆け巡って
いた」と話していた。
ちなみに何れも安い物ばかりで、焼き飯は大盛りにする事により僅かな追加料金で量
が倍近くになり、天婦羅定食はご飯粒を一粒も残さなければ、ご飯のお代わりがいく
らでもできたらしい。