ニュージーランド縦断サイクリング1975.12-'76.1

「行った、銀輪走(走った)、見た、知った」……そして残った/サイクリングで駆け巡った彼との45年間

[27]マイマイイカマトゥア ⇒ グレイマウス ⇒ シャンティタウン ⇒ ホキチカ ⇒ ホキチカとロスの中間点あたり

 

12月23日(火) 晴れ

午前9時に出るつもりで8時半に起きたが……。

 

二人の子供が騒ぎながら遊ぶ中、トーストとケロッグのコーンフレークで朝食を摂り、その他いろいろとしていると知らぬ間に、また いつもの10時半になってしまった。

 

エリスンから渡された手製のクッキーとフルーツケーキ及びオレンジをバッグの中に入れ、ビルとエリスンのカークランドさん夫婦と二人の子供に見送られてマイマイを後にする。

マイマイ。右手前に泊めて頂いたカークランドさんの家、左手
前に野宿する予定だった鉄道の駅の屋根が見える(1975.12.23)

予定ではクマラ・ジャンクション(Kumara Junction)で泊まる計画だったが、意外と延びて大体ホキチカ(Hokitika)とロス(Ross)の中間点にある、山の中のレストエリアでテントを張っている。

 

昨日リーフトンから入った国道7号線を、マイマイからイカマトゥア(Ikamatua)、ブルーナー(Brunner)を抜けグレイマウス(Greymouth)に入ったが、この間には町らしい町も無く、強いて言えばイカマトゥアぐらいのものだろう。

ブルーナー(1975.12.23)

グレイマウスはファンガレイより少し小さいと言った感じだの街だが、人口は4分の1に過ぎないと聞く。

乗馬を楽しむ人を数人見たが、街の中を馬にまたがって闊歩している姿など日本では見られないだけに、実に優雅に見える。

グレスマウス(1975.12.23)

グレスマウス(1975.12.23)

グレスマウス(1975.12.23)

教会の前を、馬に乗って闊歩する女性[グレイマウス](1975.12.23)

グレイマウスからは また国道6号線に入り、燦々と降り注ぐ太陽の下、右にタスマン海を見るシーサイドコースを走る。

 

途中パロア(Paroa)にて左折し、ゴールドラッシュ時代の町を再現したシャンティタウン(Shantytown)に寄るが、着いた時にはすでに閉園。

仕方なく手前より望遠レンズを使って遠望。

兄から交換レンズを借りて来て、本当に良かったと思う。

シャンティタウン(1975.12.23)

シャンティタウン(1975.12.23)

同じ道を約3.5km引き返して国道6号線に戻り、ホキチカに向かう。

 

今日は強い向かい風だったが苦にならず、このシーサイドコースは好天も重なってか実に気持ちの良いコースだ

右手にはタスマン海が青々と広がっている。

パロアからホキチカに向かう国道6号線にて。左手奥に見えるのはタスマン海(1975.12.23)

国道6号線を気持ちよく走っていると、ホキチカに入る直前に「GROW-WORM DELL」と書かれた標識が有るのが目に入る。

「Grow-worm」を辞書で引くと「ツチボタル」とあり、「ツチボタルの谷」となる。

まさか、こんな所でツチボタルが見られるとは思いもせず、入り口から入って行くと、そこには幻想的な光の世界が広がっていた。

「GROW-WORM DELL」(1975.12.23)

「GROW-WORM DELL」のツチボタルの光(1975.12.23)

「GROW-WORM DELL」で最も驚いたのは、「写真撮影禁止」で無かった事で、日本の感覚から本当に写して良いのだろうかと思いながらも、1枚だけ写す。

 

「GROW-WORM DELL」を出ると、すぐにホキチカに入る。

ホキチカもきれいな街で、緑の芝生が広がる ゆったりとした街だ。

ホキチカ(1975.12.23)

ホキチカから少し進んだリム(Rimu)を過ぎると、打って変わって森林地帯となり、現在 俺はその中に居る。

 

現在、深夜12時ちょうど。

※「フルーツケーキ」について、ケーキはエリスンの手作りで、ケーキの約半分はドラ

 イフルーツが占めていた。

 彼の それまでの「フルーツケーキ」の認識は、生地の中に僅かにドライフルーツが入

 っているものだった。